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小泉武夫先生が奥さまとご来店くださった。
(農大 小泉武夫教授=臭いけど美味い=上梓 12/15参照あれ) オーチャッドホールでのコンサートの帰りとのこと。足を向けて寝られないほど豆腐チゲの道玄坂清香園ではお世話になっている。 ここ毎日、先生の著書を読んでおり、学術以外のお姿が朧げながら本の中からわかってきた。 「ふ〜ん!発酵以外に東都大学野球連盟の理事をしているんだ」 「なにっ!あのダイコン踊りで有名な農大応援団の顧問もやっているんだ」 農大応援団と聞けば思い出があるのだ。三年前のちょうど今頃だったかな。凍りつくような寒い夜だった。経堂の吾輩の陶芸教室 まだん陶房で作品作りをしていたが小腹が空きラーメン屋へと向かった。わがままを聞いてくれる気心の知れた夫妻がやっている小さなお店である。皮下脂肪は十分にあるがなぜか寒さに弱い。あの寒い信州の諏訪盆地で生まれ育ったわりにはてんで弱いんだな。両手をポケットに入れラーメン屋に向かった。 吾輩の前を若い男女が食べ物屋をのぞきながら歩いている。どこに入ろうか決めかねているようである。男は詰め襟の学生服。頭も丸坊主。女性はと見ると田舎からぽっと出てきたような、ホラ、今時見かけないけど昔よくいたオ・ト・メって言う初々しい感じの女の子。二人は手を握るわけでもなく、腕を組むわけでもなく着かず離れず歩いている。二人が定食屋の前でサンプルケースを覗き込んでいるときに追いついた。 バカ若者アベックの痴態にうんざりしていたこのおじさん、とっても清々しく見えたもんだから思わず声をかけちゃったのだ。 「君はどこの学生だ!」「押忍!(オッス)東京農業大学であります」 「クラブはどこだ?」「押忍!応援団であります」 「今からこの先のラーメン屋に行くが一緒に来るか?」 「押忍!」「どっちだ?」「押忍!」「ついてきな」 こんなやり取りの末、若い二人をラーメンをエサにラーメン屋へと拉致したのである。 何の国際問題にもならなかったよ。 思いおこせばあの時代、吾輩は体育会 日本拳法部におり、年中、学ランに下駄履き、在学中、女子学生と話などしたこともなかった。というよりは誰も近寄ってこなかった可哀想な学生であったのだ。そんなことで 「おぬし!なかなかやるな!おじさんはね⋯よし、おじさんが応援団を応援してあげよう」などと分けのわからぬお節介焼きをしたのである。 聞けば2年生。二人とも地方から出てきており、同じ農大生で今日が初デートとのこと。何を食べようかなと経堂の街を歩き回っていたが、財布と食欲との間に大問題が生じてしまい、ではラーメンでもするかと思っていた矢先とのことだそうだ。 「寒かっただろう。ホラ、熱い紹興酒だよ。このつまみのチャシュー旨いだろう」 やあ、若いっていいね。見事なる食べっぷりに呑みっぷり。遠慮はしていたが実に気持ちよかった。 話しかけるたびに「押忍!」「押忍!」「押忍!」精悍?だった昔を思い出したな。 別れ際に名刺を所望されたので渡すと、すぐに手紙が届いた。 東京農業大學全學応援團 と旧漢字のゴム印が押されていた。 団長からで 押忍 厳冬の候、…。 扠て、先日は美味しい御食事、御酒を御馳走して頂き誠に有難う御座居ました。…御蔭様で、御話を御聞きし団員一同、今時有難い御話であると…。 もう一通、可愛い便箋に丸っこい文字で嬉しい便りが届いた。温かい手紙だったよ。 ありがとう。 ![]() ■
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by LEE-Y
| 2005-12-21 14:37
| 徒然思うこと
今年も残すところあと僅か 年の瀬がひたひたと迫ってまいりましたが…
師匠も走り回る師走 さて吾輩 見過ぎ世過ぎに追われていまして なかなかブログも更新できず でも一日45.3人くらいの方々が読んでくださっていると思うと誠にうれしいかぎりのことでございます では この師走はと申しますと またまた吾輩の渋谷 焼肉 道玄坂清香園が本に紹介されたのでありまする 東京農大の教授で発酵学の大権威でエッセイストでクジラ食文化を守る会会長で 日本太鼓連盟評議委員で福島しゃくなげ大使で広島と岡山のの医大の非常勤講師で農学博士で日本東京スローフード協会最高顧問で…と 肩書きだけで何十とありますところの あの小泉武夫先生が上梓されました 「発酵レストラン」というまことに格調高い本にですぞ 紹介されたのである まことにありがたいことである それも全国 北は北海道の三友牧場の芳醇チーズから始まり 南は沖縄・那覇の 沖縄料理の「山本彩香」までの「臭いけど 美味い」という発酵料理を紹介しているのである じゃ 何をおまえさん紹介しもらったんだい よくぞ聞いてくれました キムチでありカクテギでありチゲであり そう 発酵料理なのである 老舗有名店や食に命懸けている頑固で崇高な親爺さんたちの中にちゃっかりと?混ぜてもらっていたのである 内心 忸怩たるものがないわけでもないわけでもない のである うんッ? 吾輩 小泉武夫先生の書物はよく読んでいた 学者の書いた本はどうも固すぎて睡眠導入剤代わりに読むのではなく見ることはあってもどうも苦手なのである ところが小泉武夫先生の上梓なさったご本 その数 80数余冊 吾輩まだ 20冊程度しか読んでいないのであるが なぜ直木賞 芥川賞をあげないのか日本の文芸界の七不思議なのである 学術的な本でさえ抱腹絶倒 萬員電車で読むのに最適な本なのである なぜならばほくそ笑む吾輩に… あとは頭脳明晰な あなた わかるよね こんな小泉武夫先生に是非とも会ってみたいなと常々思っていた よく出没するという渋谷の某呑み屋さんにも行ったがニアミスすらなかったな ところがである ところが何と吾輩の店に現れたのである 某大手出版社の方とである びっくりした!ションベンちびりそうであったな ジーコ監督が入ってきたとき以上に驚いた 勝新さんが初めてフラリと入った来たとき以上にたまげたな まあ 西郷輝彦さんが28年前に入ってきて不覚にも座りションベンしたときほど驚きはせなんだが ぽっちゃりと丸顔で童顔で後光がさした仏さんのような方であった それ以来 日経新聞 小説現代などの媒体にチヂミの道玄坂清香園をご紹介いただき また数多くの多士済々の方々をお連れしていただいたのだ 本当にありがたいことである 足を向けて寝られないほどである まさに味覚人飛行物体であらせられまするところの先生のお言葉で言えば 感動感激感嘆驚嘆であります 是非とも立ち読みでも結構です こげんにうまかくさかもん が全国にあった ということを 感謝 小泉武夫著 「発酵レストラン」 マガジンハウス刊 1,600円 ![]() ■
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by lee-y
| 2005-12-15 17:29
| 清香園のこと
吾輩 ヒゲを伸ばしてみた
ほとんどはえてこない髭(ひげ)である 2〜3日ほったらかしていても平気 某君など朝 髯(ひげ)をあたっても夕刻にはもう⋯ five o'clock shade(shadow) 吾輩のまわりがイスラム圏のごとくみんなはやしているのだ かつて2〜3回挑戦したことがあったがあまりの貧相にあきらめた わが友 西郷輝彦さんからも「李さん ないほうがいいよ!」 彼はオフのときは剃らないことも多く すぐに立派に育っちゃてきちゃてるんだな 床屋さんからは3ヶ月は辛抱してくださいよ いま3ヶ月目 三日剃ってない人とおんなじ しかもおまけに相変わらずのバカ面 世田谷 陶芸教室 まだん陶房の会員の皆さまからも牛スジ煮込み 道玄坂清香園でのお客樣方も口にこそ出さないが不評のよう では何故はやそうとしたのかその心中は⋯ カミさん 娘が韓流ドラマにドッポリとはまっており吾輩も韓流時代劇を見るはめに⋯ 出てくる人物 いいのも悪いのもみんなはやしているではないか ドジョウやヤギやナマズや色々いて吾輩の既成観念は微塵にも打ち砕かれたのである 朝鮮民族は元来 鬚(ひげ)が薄いと聞いていた 父からも母からも 叔父や叔母からも ところが登場人物を見るかぎりオイ オイ約束が違うぞッ! なんのことはないただ単に「ヒゲが薄いDNA=デオキシリボ核酸をもった家系集団」だったのだ 親戚一同 韓国にいる親族だれ一人としてはやした者がおらぬ じゃ慶州李氏 泰川公派77代当主(11/26 チャンスンをご参照あれ)としてやってみようかなどと 理由にもならぬ理由を付けて始めたのである ないものねだりかな ヒゲコンプレックスかな 先日 4歳の女の子 ほんとに目に入れても痛いくらい可愛い子が突然 吾輩に 「そのヒゲ おチンチンみたい」 が〜〜〜〜ん!!! ちょっと そこのお兄さん ウチの孫じゃないですよ 絶対に違いますよ 断じてちゃいますよ そんなことを 言うはずないじゃありませんか そんな下品なことを そりゃ空想力は それはそれは隔世遺伝ですからありますよ 吾輩以上に ひょっとしたら天才かもしれません よその知らない子供なんです いま真剣に剃るか 剃らぬか考えています この暮れに来て姉歯だ 耐震偽造だ 女児拉致殺害だ サマワだ 牛肉輸入再開だ 消費税アップだと大変なときに お前さん何考えてるの!勝手にしやがれてんだ アンポンタン(懐かしい言葉でしょ) ![]() ■
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by lee-y
| 2005-12-09 11:19
| 徒然思うこと
吾輩のお店焼肉 石焼ビビンバの道玄坂清香園 で使っている食器であるが 本当は全部吾輩の手作りの食器を使いたかったんだ
指先に渾身の愛情を込めて作り上げた李大先生オリジナル大皿 これに盛りつけた李オーナの愛情たっぷりのスペシャル料理 やりたかったんだな〜これを ところが当店の皿洗いクン 気持ちいいくらい割ってくださいますのです 遠慮なく 情け容赦なくジャンジャン壊してくださいますのです いくら注意してもダメなんだな 混み合ってきて忙しくなってくると洗い場から例の音が… そういう吾輩もランチタイムに皿洗いをしておるのだが これまたよ〜く割るんだな 食器洗浄器から出し入れの際 落としてしまうんだ 認めたくはないのだが反射神経も年々鈍化してきているんだな や〜ですね まあ これから先といっても いく末 後何年もないだろうが願わくば好きなお客さんだけを相手に吾輩一人で居酒屋でもしたときには全部吾輩の手作り器にしたいな 今の場所に移ってお蔭さまで丸4周年 ありがたいことであります そのとき食器は無理としてもと灰皿と湯呑みそれにドブロク用の丼は吾輩の手作りでとセッセと作ったんだな 灰皿 湯呑み を40客ずつ ドブロク丼は30客 お客様にもとっても好評で随分と所望されたんだな 「もうすぐ個展をしますのでそのときにどうぞ」と婉曲に断っていたんだが これがなんと なんと なんと 灰皿にいたってはたったの2客 湯呑みは5客 ドブロク丼は8客 これしか残ってないのだ これらにかぎって割ったのはほとんどない 誰かさんが持って帰えちゃたんだな 灰皿はとっても気に入った出来具合であったが残念!湯呑みは40客 全部違う文様を描いた手間ひまかけたもの くやし〜い と言いつつ価値を認めてくれたんだなという気持ちと でもやっぱり口惜しい気持ちと う〜〜ん複雑なり トイレに飾ってあったオニさんの焼き物もある日こつ然となくなってしまった 前回 紹介した玄関の「チャンスン」これには鎖を付けておこう エッ!なんだって 誰もそんなもの持っていかないよ だって (写真はさみしく残った灰皿 ドブロク丼 湯呑み) ![]() ■
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by lee-y
| 2005-12-03 21:13
| 清香園のこと
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